立命館大学国際平和ミュージアム Kyoto Museum for World Peace, Ritsumeikan University

ご挨拶 MESSAGE

館長ご挨拶

立命館大学国際平和ミュージアム館長 吾郷 眞一(立命館大学衣笠総合研究機構教授)

立命館大学国際平和ミュージアム館長 吾郷 眞一(立命館大学衣笠総合研究機構教授)

1948年4月10日生まれ(国際法の父と言われるH・グロチウス生誕365年後同日、世界人権宣言採択の年)。
東京大学法学部、法学政治学研究科、ジュネーブ大学大学院(同博士)卒業後、埼玉大学、ILO(国際労働機関)、九州大学に勤務。
2013年より立命館大学特別招聘教授。
専門は国際法、特に国際経済法、国際組織法、国際労働法。
主著として『国際労働基準法』(三省堂1997年)、『国際経済社会法』(三省堂2005年)、『労働CSR入門』(講談社現代新書2007年)など。

政治的統合は経済社会協力によって達成できるとする「機能主義」的な発想をもつ。
国際法学徒になったのは、高校時代に広島平和記念資料館を訪ねて衝撃を受けたことによるところが大きい。
現在、ILO条約勧告適用専門家委員会委員、およびアジア開発銀行行政裁判所判事を兼任。

 立命館大学国際平和ミュージアムは「平和と民主主義」を教学理念に持つ大学内に設置されるにふさわしい博物館です。それはまた、大学の教育と研究に資するために大学が作ったというだけでなく、市民社会と一体となって作りあげられたという経緯を持つことから、社会に開かれた公共物です。しかも、社会は地域や国内社会にとどまらず、世界の同種の博物館と連携する中で国際的広がりを持っています。平和博物館としては、大学発のものであるという珍しさを持ち、また、平和を単に武力戦闘がない状況とだけとらえるのではなく、構造的暴力を含め平和創造を目指していくというメッセージ性をもつ本ミュージアムは、国際社会においても異彩を放っています。

 

 アンネのバラ、愛吉・すずのバラに迎えられ建物に入り、すぐの階段を横手にわだつみ像を眺めながら下ると常設展示が始まります。「十五年戦争」と「現代の戦争」をテーマとする展示物を経て、2階に上がると、「平和創造展示室」があります。ここでは、戦闘状態がないことだけが平和ではないことが示され、続いて「無言館」/京都館-いのちの画室、「平和ギャラリー」と続きます。実物資料650点、写真資料550点を見て1階に降りると、中野記念ホールの前の広い空間で、手塚治虫「火の鳥レリーフ」と「ムッちゃん平和像」に圧倒されつつ、しばし平和が、「どこかからやってくるもの」でも「与えられるもの」でもなく、「私たち自身の努力で創るもの」ということをじっくり考えることができます。なお、中野記念ホールでは、写真展、映画上映、講演会など特別企画が催されます。ホールの反対側には国際平和メディア資料室があり、平和関連の図書・雑誌資料・AV資料約47,000点(内、児童図書約1,000点)を所蔵し、利用者に提供しています。

 

 第一次大戦の終結のために開かれたベルサイユ平和会議から数えて、来年がちょうど100年になりますが、その平和会議で国際連盟と同時に設立されたILO(国際労働機関)の憲章前文は、「世界の永続する平和は、社会正義を基礎としてのみ確立することができるから」という文章で書き出しがなされています。「戦争は人の心の中で生まれるものであるから、人の心の中に平和のとりでを築かなければならない」というのはユネスコ憲章の前文です。平和は武力衝突がないだけでありません。人権についてのセミナーなどをミュージアム主催で開催することがあるのも、そのような発想が根底にあります。

 

 当館が平和博物館と呼ばず平和ミュージアムとカタカナを使うようにしていることは、Museumの語源となるMusesが、ギリシャ神話の芸術・学問をつかさどる姉妹神であることによっています。総合大学である利点を生かし、学術的知見の上に構築された展示物を通して、平和を視覚に訴え、かつその衝撃を心の中に残すとともに、平和への志向は個人の主体的な行動によって現実化するということを体感できる本ミュージアムにぜひ足を運んで下さい。お待ちしています。(2018年6月)

名誉館長ご挨拶

立命館大学国際平和館ミュージアム名誉館長 安斎 育郎(立命館大学名誉教授)

立命館大学国際平和館ミュージアム名誉館長 安斎 育郎(立命館大学名誉教授)

1940年、東京生まれ。9人きょうだいの末子。4歳~9歳、福島県二本松で疎開生活。東大工学部原子力工学科卒、工学博士。1969年、東大医学部助手となり、86年、立命館大学経済学部教授、88年、国際関係学部教授。現在、名誉教授。95年より国際平和ミュージアム館長、08年4月より名誉館長。平和のための博物館国際ネットワーク・諮問理事。南京国際平和研究所・名誉所長。ベトナム政府より「文化情報事業功労者記章」受章。「第22回久保医療文化賞」、韓国のノグンリ国際平和財団「第4回人権賞」受賞。

著書に、『語り伝えるヒロシマ・ナガサキ』(全5巻、新日本出版社、第7回学校図書館出版賞受賞)、『語り伝える沖縄』(全5巻、新日本出版社、第9回学校図書館出版賞受賞)、『語り伝える空襲』(全5巻、新日本出版社、第11回学校図書館出版賞受賞)、『だます心 だまされる心』(岩波書店)、『安斎育郎先生の「原発・放射能教室」(全3巻、新日本出版社)、『「原発ゼロ」プログラム─技術の現状と私たちの挑戦』(共編著、かもがわ出版)、『原発事故の理科・社会』(新日本出版社)、など多数。NHK人間講座、あさイチ、クローズアップ現代、日本テレビの「世界一受けたい授業」などにも登場。趣味はマジック、俳句、お絵かき。

25歳を迎えた国際平和ミュージアム

 この文章を書いている時点で、私は76歳、国際平和ミュージアムは25歳です。私の方が約3倍年上の「後期高齢者」ですが、ミュージアムの方は日本ならやっと衆議院議員や市町村長や地方議会議員になれる資格を得る年齢です。若いが、責任ある役割を社会から委ねられる、青年としての頼もしい門出に位置していると言ってもいいでしょう。

 

 25年前、立命館大学国際平和ミュージアムは、世界で最初にして唯一の「大学立の総合的な平和博物館」としてスタートしました。1941年~1945年の太平洋戦争の時代、立命館大学は約3000人の学生を戦場に送り、およそ1000人が命を失う悲しい体験をし、その反省の上に「平和と民主主義」という教学理念を確立しました。「わだつみの像」は「ペンを銃に持ち替えない」という決意の象徴ですが、国際平和ミュージアムは平和的教学理念をさらに現代に展開するための礎であり、この度「平和教育研究センター」も発足することになり、まさに門出に相応しい年になりそうです。

 

 25年前の平和ミュージアムの発足行事では、かなり思い切ったシンポジウムが開かれました。シンポジストとして、日本平和学会会長の岡本三夫さん(当時)に加えて、真珠湾攻撃の象徴であるハワイのアリゾナ記念館の副館長と、日本による植民地支配の象徴である韓国独立記念館の独立運動史研究所長をお招きしたのです。これは、国際平和ミュージアムの「過去と誠実に向き合う」という姿勢の表れともいうべきもので、過去の事実を見据えた上で、和解の可能性や平和創造への連携の可能性を追い求める姿勢は、今後とも変わらずに持ち続けていきたいと思います。

 

 ところで、今年は、国際平和ミュージアムも加盟する「平和のための博物館国際ネットワーク(International Network of Museums for Peace, INMP)」の創設25周年でもあります。4月には北アイルランド(イギリス)のベルファストで第9回国際平和博物館会議が開かれ、25周年を祝いました。私はその諮問委員としてニューズレター25周年記念特別号を編集しましたが、メッセージを寄せたヨハン・ガルトゥングさん(ノーベル平和賞候補にもノミネートされた現代平和学の泰斗)は、「もう25周年、おめでとう。時は流れ、戦闘しあっている国もあるが、総じて世界は平和に向かっている。そして、立命館大学国際平和ミュージアムは、大きな平和の灯台として際立っている」と述べました。過分な評価ですが、期待に応えるように努力を続けたいと思います。ガルトゥング先生は「総じて世界は平和に向っている」と評されていますが、シリアの内戦やヨーロッパの難民問題や北朝鮮の核武装など、日々のニュースには不穏な雰囲気が漂っています。私たちは関心を持続し、事実をしっかりと学び、主権者として声を上げる姿勢を忘れてはならないでしょう。国際平和ミュージアムが、平和について「みて、かんじて、かんがえて、その一歩をふみだす」場として役立つことを期待します。

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